嘴亭萌え狼らくご「夏の日」

 
<鑑賞>
 蝉時雨の中、少女は歩いている。お気に入りのバンドTシャツが、汗で身体に張りつく。今日のブラはなんだったろうか。首元から覗き込んで確認する。大丈夫なやつでホッとする。それから小さなため息。一学期の途中から付き合いはじめた彼氏から、ここ数日ずっとLINEを無視され続けていた。家で既読がつかないスマホを眺めていてもイライラするだけなので外に出ることにしたが、受験勉強なんてかったるくてしょうがない。ミホと香田は今日も一緒に勉強しているのだろうか。だろうな。自分も同級生と付き合えばよかったな、と少女は思う。そう思いながら、頭に浮かぶのは年下の彼氏のくしゃっとした笑顔だ。まずいな、普通にまずい。このままだと私の高3の夏、台無しになっちゃう。あーあ、パーっと海とか行きたいなあ。図書館に向かう少女の足取りは重く、蝉の鳴き声はいよいよ激しい。

<解説>
 最初から最後まで話の展開が一切なく、17歳の少女が彼氏や将来のことを憂いながら、図書館を目指して歩くだけという、とんでもない落語。「起承転結とかオチとか、そういうのマジダセー」と、喜寿を迎えた頃から口走りはじめた萌え狼が体現してみせた、理想の落語。話らしい話がない代わりに、少女の外見的な描写や、仕草や心の内面の表現などがきわめて精緻で、「自然主義落語」「落語界の国木田独歩」などと一時もてはやされた。